第1回「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方グランプリ
――和歌山県、「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方研修センター。
今日、第1回「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方グランプリ決勝に駒を進めた四人の選手たちがここに集められた。
泣いても笑ってもこれが最後。今日で頂点が決まるのだ。
彼らは各々、楽屋で入念なリハーサルを繰り返していた。
全ては、輝ける栄光のために。
クレヨ、クレヨンしんちゃ……、ンンッ、半音上げるべきか
冷房止めてくれないかな?喉が痛むからね
ううっ、緊張してきた……。母さん、どうか見ててくれ……
フフフ……
コンコン。
皆様、おまたせしました。
開会式が始まりますので、会場へ移動をお願いします。
お、いよいよか……。
四人がベンチから腰を上げた、その時だった。
ピギィイイイイイイイイイイイイイ!!!
い、い、イノシシだ!!!!!!
野生のイノシシが飛び込んできたぞ!!
そうか!和歌山県だからイノシシも普通に入ってくるんだ!!
突然のアクシデントに慌てふためく司会者たち。
みみみみなさん、落ち着いてください!
気付かれないように、こっそり逃げましょう……!
逃げる?おいおい、冗談だろ
俺たちは一体何のために「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方を研鑽してきたんだ?
たかが数年生きただけのケダモノに平伏して許しを請うためか?
違うだろ!!!
イノシシをも追い払う、強大な「クレヨンしんちゃん」の言い方を手に入れるためだろ!!
……。
固い表情で押し黙る選手たち。
腰抜け共はそこでユズピの髪型でも再現してな。俺がやる。
いや、私にやらせてくれ
やれんのかオッサン?
馬鹿にするんじゃない。私は確かにこの中じゃ年長だが、しんちゃんもまた年長なのだから
聴けバケモノ。これがバブルを生き抜いた者が放つ「クレヨンしんちゃん」の重みだ!!
や、やったか……?
ピギィイイイイイイイイイイイイイ!!!
クッ、通じなかったか……
次は僕にやらせてください
危険だぞ……?
僕はかつてバックパッカーとして世界中を旅していました。
イノシシよりも危険な動物と対峙したこともあります、大丈夫ですよ。
それに……
それに?
イノシシにも僕の「クレヨンしんちゃん」を聞いてもらえるなんて、すごく楽しいじゃないですか。
なるほど。どんな状況においても全力で楽しむ。それがお前の強さなんだな
イノシシくん。この「クレヨンしんちゃん」が、キミを導いてくれますように……
や、やったか……?
ピギィイイイイイイイイイイイイイ!!!
やっぱりダメでしたか……
……
次、オレ、やります……!
君は故郷に母親を残してきているんだろ?危ない真似はしないほうが良い
いいんです。だって、イノシシを追い払えなきゃ、大会も中止になるでしょう?
そしたら優勝賞金の8億円を手に入れるチャンスも失う……。そんなんじゃ、母さんを楽にしてあげられない!!
僕を応援してくれた母さんのためにも、僕は戦う!!
守るべきもののために戦う、か……青いな。まるでみさえのジーンズのように青い……
聴けイノシシ!母を想う俺の「クレヨンしんちゃん」で、ウリ坊だった頃を思い出せ!!
や、やったか……?
ピギィイイイイイイイイイイイイイ!!!
そ、そんな……
どいつもこいつも甘っちょろい「クレヨンしんちゃん」聞かせやがって
マイク貸しな。俺が本当の「クレヨンしんちゃん」ってやつを聞かせてやる
そしてテメエらは気づくだろうさ。『我々が今まで聴いてきた「クレヨンしんちゃん」は便所バエの羽音だった』ってな
おいイノ公。光栄に思え、これが地球上で最も気高い「クレヨンしんちゃん」だ
や、やったか……?
ピギィイイイイイイイイイイイイイ!!!
ま、まったく効いていない!!
そ、そ、そんな……
み、みんな逃げるんだ、勝てるわけがない……
誰一人として、「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方でイノシシを撃退できなかった。
その事実、そして人類のあまりの無力さに、選手たちは絶望の淵へ追いやられた。
もはやこれまでかと思った次の瞬間、逆側の窓が割れる音が響いた。
フォフォフォ、まだまだ修行が足りんのうキミたち……
ろ、老師!?
ま、まさか!!本物か!?
マジかよ!
ここでお逢いできるとは……!
そう。
彼こそまさしく「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方界の生ける伝説。
かつてその「クレヨンしんちゃん」でミッチーサッチー戦争さえ終局に導いたと言われ
る"老師"その人であった。
なかなか面白い余興だったが、可愛い新人たちをいたぶるのもいい加減にしてもらわんとな、イノシシくんや
老師は、羽織っていたローブを馴れた手付きで脱いで、二の腕を露出させる。
さて。久しぶりじゃから、手加減が難しいかもしれんの……
み、見れるのか!?老師の「クレヨンしんちゃん」!!
ゴクリ……
スゥ……
そして、老師はゆっくり口を開いた。
ゾクッ……
な、なんて「クレヨンしんちゃん」だ……
人生の全てを馬鹿にされてしまったかのような敗北感、これこそ本物だ……
ビブラートをふんだんに効かせているのに、語句・リズムともに寸分の狂いもない……こんなことって
なにより驚嘆すべきはその秒数。我々が3秒前後に対し、老師はその倍以上の7秒ときている。これが伝説か……
さすがのイノシシも、これでは再起不能に……
……。
ピギィイイイイイイイイイイイイイ!!!
ダメでしたーーーっ!!
ごめーーーーーーん(笑)
ズコーーーーーッ
こうして、今回の「クレヨンしんちゃん」のムカつく言い方グランプリは中止となりました。
【教訓】
野生のイノシシにもし会ったら、興奮させないようにゆっくりとその場を離れよう!
~おわり~
【おまけのCM】